生物多様性とは何か (1)「定義」
※本コラムは2026年9月に加筆修正しました。
OFLAとしての「生物多様性」の捉え方
OFLAは「生物多様性(biodiversity)」を、地球上に存在するすべての生命の多様性と、それらをつなぐ進化的・生態学的な過程(必要に応じて文化的な過程を含む)の総体と捉えます。遺伝子・種・生態系という階層それぞれにおける多様性が重なり合い、陸域・海洋・淡水・大気といった多様な環境で相互に結びつきながら、生命のネットワークを形づくっています。 たとえば、ミツバチによる花粉媒介や土壌微生物の分解は私たちの食を支え、森林から供給される有機物は河川を経て海へとつながり、サンゴ礁や漁場の生産性を高めます。生きもの同士と環境の相互作用によって、私たちの暮らしを支える「豊かさ」が生まれています。
この多様性が損なわれれば、食料・水・空気の質などの生態系サービスが脆弱化し、将来世代にも大きな影響が及びます。生物多様性の保全は、暮らしや文化にとどまらず、経済や社会の持続可能性を下支えする基盤です。
OFLAは、Ocean(海洋)/Freshwater(淡水)/Land(陸地)/Atmosphere(大気)の頭文字を社名に掲げ、すべての生命活動が相互に支え合う生物多様性の存在を意識した事業を推進します。商品やサービスを通じて生み出す価値が、多様な生命の営みを守り、次世代へと橋渡しする一助となることを目指します。
1. 生物多様性の公式定義
「生物多様性(biodiversity)」は、地球上に存在する生命の多様さを包括的に示す概念です。1992年に採択された生物多様性条約(Convention on Biological Diversity: CBD)は次のように定義します。
【定義(原文)】
“Biological diversity” means the variability among living organisms from all sources including, inter alia, terrestrial, marine and other aquatic ecosystems and the ecological complexes of which they are part; this includes diversity within species, between species and of ecosystems.【定義(参考訳)】
「生物多様性」とは、陸上・海洋・その他の水生生態系を含むあらゆる由来の生物に見られる変異性を指し、それらが属する生態学的複合体を含む。これには、種内の多様性、種間の多様性、および生態系の多様性が含まれる(CBD 第2条)。
国際機関や学術分野でも同趣旨の定義が用いられます。IUCN(国際自然保護連合)は、遺伝子から生態系までの多様性に加え、生命を支える進化的・生態学的・文化的プロセスを包含し得ることを強調します。ミレニアム生態系評価(MEA)やIPBES(政府間科学-政策プラットフォーム)も、CBDの定義を踏襲しています。E.O.ウィルソンも、分類学的階層から生態系に至る広いレベルの多様性を含む概念として位置づけました。
E.O. ウィルソン(E.O. Wilson)の定義
E.O.ウィルソン(1929–2021)は、アメリカの著名な生物学者で、社会生物学や島嶼生物地理学の研究で知られます。「生物多様性の父」とも称され、地球上の生命保全に多大な影響を与えました。
出典: Wilson, E.O. (1992). The Diversity of Life. Harvard University Press.
【定義(原文)】
"Biodiversity (short for biological diversity): The variety of organisms considered at all levels, from genetic variants of the same species through arrays of species to arrays of genera, families, and still higher taxonomic levels; includes the variety of ecosystems, which comprise both communities of organisms within particular habitats and the physical conditions under which they live."【定義(参考訳)】
「生物多様性(biological diversityの略):同一種内の遺伝的変異から、複数の種、属、科、さらに上位の分類群まで、あらゆるレベルにおいて考えられる生物の多様性を指す。また、生物群集が特定の生息地で形成するコミュニティと、それを支える物理的条件を含む、多様な生態系も含まれる。」
2. 生物多様性の3つのレベル
遺伝的多様性(種内多様性)
同じ種の中で個体ごとに遺伝情報が異なることを指します。遺伝的多様性が高い集団は、病害や気候変動に対する適応力が相対的に高まり、農業の品種多様性や野生生物の存続可能性に直結します。
種の多様性(種間多様性)
ある地域や地球全体に存在する生物種の豊かさを指します。学術的に記載された種は約175万種にとどまりますが、実際には数百万〜数千万種が存在すると推計され、多くが未記載です。種の多様性は将来の遺伝資源の宝庫でもあります。
生態系の多様性
森林、里山、湿地、河川、沿岸域、サンゴ礁、高山帯など、環境条件や地形・気候の違いに応じて多様な生態系が存在します。日本は南北に長く起伏に富むため、短い距離で環境が遷移するエコトーンが多く、地域的に高い多様性が見られます。
以上のように、生物多様性は「種の数」だけではなく、生命を支える仕組みと関係性の総体です。
3. 生物多様性の重要性
私たちの生活は、生態系サービス(食料供給、水源涵養、空気浄化、土壌形成、気候安定、自然災害の緩和、病害虫抑制、文化的・精神的価値など)に支えられています。世界的には、作物種の約75%が動物による花粉媒介に依存し、約20億人が木質燃料を主要エネルギーとして利用しています。こうした恵みは金銭換算が難しいにもかかわらず、社会・経済の根幹を支える「生命のインフラ」です。
一方、IPBES(2019)は、今後数十年で最大100万種が絶滅の危機に瀕する可能性を警告しました。生物多様性の損失は、人間社会の持続可能性を揺るがす重大なリスクであり、気候変動への適応や緩和にも密接に関わります。
4. 日本の法制度と取り組み
日本は1993年にCBDを批准し、国家戦略の策定・改定を通じて政策を推進してきました。2008年の生物多様性基本法は、国・自治体・企業・市民の責務を明確化し、保全と持続可能な利用の基盤となっています。2010年の名古屋COP10では「愛知目標(2011–2020)」が採択され、日本は議長国として貢献しました。現在は2022年採択の「昆明–モントリオール生物多様性枠組」に沿い、2030年に向けた30by30等の目標実現に取り組んでいます。2023年3月に閣議決定された「生物多様性国家戦略2023-2030」については、2026年2月20日に実施状況の中間評価が公表されました(評価の対象期間は2023年3月31日から2025年6月30日まで)。中間評価によると、保護地域とOECM(保護地域以外で生物多様性の保全に資する地域)の面積割合は、陸域が2023年3月時点の20.5%から2025年時点で21.0%となり、海域は2021年から変わらず13.3%です。また、2025年4月1日には地域生物多様性増進法が施行され、民間の取組などによって生物多様性が保全されている区域を認定する「自然共生サイト」は、同法に基づく認定制度として申請の受付が始まりました。
里山と湿地帯の保全
里山は、伝統的な農林業と地域文化により維持されてきた二次的自然で、高い多様性を育んできました。近年の管理放棄により劣化が進む地域もあり、SATOYAMAイニシアティブのもと、人と自然の共生を再興する取組が国内外で進みます。湿地は「地球の腎臓」とも呼ばれ、水質浄化や洪水緩和、希少生物の生息地として重要です。釧路湿原をはじめ、ラムサール条約登録湿地での保全・再生が続けられています。
5. 絶滅危惧種の保護と具体例
生物多様性の危機を象徴するのが絶滅危惧種の存在です。環境省のレッドリストは、分類群ごとに第5次への改訂が進められています。2025年3月18日には植物・菌類(掲載2,952種のうち絶滅危惧種は2,063種)、2026年3月17日には鳥類(掲載170種のうち絶滅危惧種は108種)および爬虫類・両生類(掲載138種のうち絶滅危惧種は96種)が公表されました。これらを反映した時点での絶滅危惧種の総計は3,587種です。残る分類群は、令和8年度(2026年度)以降、評価作業の終了した分類群から順次公表される予定です。ここではいくつか事例を紹介します。
イリオモテヤマネコ(沖縄県西表島)
推定生息数は100頭前後とされる希少なネコ科。主な脅威は交通事故や生息地の分断で、特別天然記念物・国内希少野生動植物種に指定。ロードキル対策や飼いネコの室内飼育推進などの取組が行われています。
トキ(新潟県佐渡市)
本州で野生絶滅後、中国個体群との連携により人工繁殖・再導入が進み、野外個体群は数百羽規模に回復。生息環境の改善(ビオトープ化、減農薬田)と放鳥が継続されています。
ニホンライチョウ
本州中部の高山帯に隔離分布。気候変動や捕食圧増大、人為的撹乱などが脅威。保護増殖事業や中央アルプスなどでの野生復帰が進展し、人工孵化の成功等が報告されています。
こうした絶滅危惧種の保護には、種そのものの保護だけでなく、生態系全体の健全性を回復・維持するアプローチが欠かせません。生息環境の整備や捕食者管理、外来種対策など複合的な施策を進めることで初めて回復の道が開かれます。
6. まとめ
生物多様性は、遺伝子・種・生態系にわたる多様性と、その相互作用の総体です。人類の福祉と経済活動の基盤である一方、近年は損失が加速しています。日本では法制度・国家戦略のもとで保全が進められ、里山や湿地、絶滅危惧種の保全など多面的な取組が続いています。企業・行政・研究者・市民が協働し、豊かな生態系を次世代へ継承することが求められます。
次回以降の記事では、生物多様性をめぐる具体的な問題や、さらに詳しい保全・活用事例について探っていきます。ぜひ引き続きご覧ください。
【出典・参考文献】
CBD(Convention on Biological Diversity) 1992, Text of the Convention, Article 2, Secretariat of the Convention on Biological Diversity,
https://www.cbd.int/convention/text/.
IPBES 2019, Summary for Policymakers of the Global Assessment Report on Biodiversity and Ecosystem Services, Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services,
https://ipbes.net/global-assessment.
IUCN 2023, ‘Biodiversity loss—Issues Brief’, International Union for Conservation of Nature,
https://www.iucn.org/resources/issues-briefs/biodiversity-loss.
Millennium Ecosystem Assessment 2005, Ecosystems and Human Well-being: Synthesis, World Resources Institute, Washington, DC,
http://www.millenniumassessment.org/.
Ministry of the Environment, Japan(環境省)2008, 生物多様性基本法(平成20年法律第58号), e-Gov法令検索, https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=420AC0000000058.
Ministry of the Environment, Japan(環境省)2021, 生物多様性国家戦略(第五次)(2021–2025), https://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/nbsap5/index.html.
Ramsar Convention Secretariat 1971, The Ramsar Convention on Wetlands, viewed 16 September 2025,
https://www.ramsar.org/.(日本語概要:環境省「ラムサール条約について」)
SATOYAMA Initiative 2025, ‘SATOYAMAイニシアティブ Official Website’, viewed 16 September 2025,
https://satoyamainitiative.org/ja/.
Wilson, EO 1992, The Diversity of Life, Harvard University Press, Cambridge, MA.
(絶滅危惧種関連の代表例)
環境省 2020, レッドリスト2020,
https://www.env.go.jp/nature/kisho/hozen/redlist/.
沖縄県・環境省 2022, 『イリオモテヤマネコ10ヶ年保全計画』, 九州地方環境事務所, 閲覧日,
https://kyushu.env.go.jp/okinawa/content/000066860.pdf.
環境省・新潟県佐渡市 2010–, 『トキ野生復帰関連資料』,
https://www.env.go.jp/nature/kisho/hogozoushoku/toki.html.
環境省 2021, 『国内希少野生動植物種の保護増殖事業』,
https://www.env.go.jp/nature/kisho/hogozoushoku/index.html.
(補足統計の典拠:花粉媒介・木質燃料)
IPBES 2016, Thematic Assessment of Pollinators, Pollination and Food Production—Summary for Policymakers, Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services, viewed 16 September 2025,
https://ipbes.net/assessment-reports/pollinators.
(2026年9月追記分の典拠)
環境省 2026, 「生物多様性国家戦略2023-2030の実施状況の中間評価」及び「生物多様性条約第7回国別報告書」のとりまとめについて(2026年2月20日),
https://www.env.go.jp/press/press_02975.html.
環境省 2026, 生物多様性国家戦略2023-2030の実施状況の中間評価,
https://www.env.go.jp/content/000379260.pdf.
環境再生保全機構 2025, 地域生物多様性増進法に基づく自然共生サイトの申請受付開始のお知らせ(2025年4月1日),
https://www.erca.go.jp/nature/news/2025/20250401.html.
環境省 2026, 第5次レッドリスト(鳥類及び爬虫類・両生類)の公表について(2026年3月17日),
https://www.env.go.jp/press/press_03312.html.
環境省 2025, 第5次レッドリスト(植物・菌類)の公表について(2025年3月18日),
https://www.env.go.jp/press/press_04578.html.
更新履歴: 2026年9月 — 第4章に生物多様性国家戦略2023-2030の中間評価(2026年2月公表)、保護地域・OECMの面積割合(陸域21.0%・海域13.3%)、2025年4月施行の地域生物多様性増進法による自然共生サイトの認定制度化を追記し、レッドリストの記述を第5次(植物・菌類2025年3月、鳥類・爬虫類・両生類2026年3月/絶滅危惧種の総計3,587種)へ更新。リンク切れの出典3件を現行URLへ差し替え。
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