生物多様性とは何か (4)「データが示す生物多様性危機」

生物多様性とは何か (4)「データが示す生物多様性危機」

※本コラムは2026年9月に加筆修正しました。

私たちの暮らしや産業を支える生物多様性は、今、地球史上まれに見るスピードで失われています。今回は、国際的な調査データや研究成果を通じて、その深刻な現状を数字の面から具体的に見ていきます。

1. 種の絶滅ペースは想定以上に加速

世界規模:最大100万種の危機

私たち人類の活動によって、近い将来絶滅の危機に瀕する生物種はかつてない規模に上っています。2019年に公表されたIPBES(生物多様性・生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)のグローバル評価報告では、今後数十年以内に最大100万種もの動植物が絶滅の危機に直面しうると警告されています。これは、恐竜絶滅期以来の「第6の大量絶滅」とも言える深刻さで、人間活動が主因である点で過去の大量絶滅とは異例です。また、同報告は 絶滅の速度が自然の背景消滅率をはるかに上回る と指摘しており、現在の種の消滅ペースは地質学的な標準と比べて数百倍~数千倍に達するとの推計もあります

IUCNレッドリストに見る深刻度

国際自然保護連合(IUCN)が公表するレッドリストにも、生物多様性の危機的状況が数字に表れています。2025年10月10日の更新時点で、評価の対象となった生物は172,620種、そのうち48,646種が絶滅危惧種とされています。本コラムの初出時に引いた2023年時点の「約15万種のうち4万2千種以上」から、評価された種数も絶滅危惧種数も増えました。分類群別では、両生類の約41%が絶滅の危機にあり(2023年に公表された第2次世界両生類評価による)、脊椎動物のなかで最も絶滅の危機にある分類群とされています。サンゴ礁を形成する造礁サンゴ類やサメ・エイ類も約3分の1が危機的状況です。

IUCN レッドリスト:評価された種と絶滅危惧種の数 評価対象種は約15万種から172,620種へ、絶滅危惧種は約4.2万種から48,646種へ増加。 IUCN レッドリスト:評価された種と絶滅危惧 種の数 2023年時点(本コラム初出時)と 2025年10月10日更新の比較 2023年 2025年10月 150,000 172,620 評価対象種 42,000 48,646 絶滅危惧種
図1 IUCN レッドリスト — 評価された種と絶滅危惧種の数(2023年と2025年10月)。出典: IUCN「The IUCN Red List of Threatened Species」2025年10月10日更新。2023年の値は本コラム初出時に引いた「約15万種のうち4万2千種以上」の概数で、比較は目安です。評価が進むほど絶滅危惧種の数も増える性質があるため、増加分のすべてが状態の悪化を意味するわけではありません。

これらの割合は極めて高く、絶滅危惧種の増加が特定の分類群に偏って深刻化していることがわかります。こうしたデータは、人為的な圧力によって多くの種が急速に数を減らし、生態系から姿を消しつつある現状を裏付けています。

日本国内:レッドリスト種の増加

日本でも生物の絶滅リスクは高い水準にあります。環境省のレッドリストでは、絶滅のおそれのある野生生物種が2019年の3,676種から2020年には3,716種となりました。その後、環境省は分類群ごとに評価をやり直す「第5次レッドリスト」の公表を進めており、2025年3月18日に植物・菌類が、2026年3月17日に鳥類及び爬虫類・両生類が公表されています。2026年3月17日時点で、環境省レッドリストにおける絶滅危惧種の総計は3,587種です。第5次レッドリストは海洋生物を含む全16分類群を対象としており、この総計は海洋生物を含めた数です(レッドリスト2020では3,772種)。3,772種から3,587種へ減ったのは、植物・菌類で絶滅危惧種が第4次レッドリストの2,270種から207種減った一方、鳥類が10種、爬虫類・両生類が12種増えたことによります。環境省は植物・菌類の減少の要因として、評価基準の変更により要件を満たさなくなったことや、個体数の回復・新たな分布の発見によって絶滅危惧の要件を満たさなくなったことなどを挙げています。残る分類群は、令和8年度(2026年度)以降、評価作業の終了したものから順次公表される予定です。レッドリスト2020によれば、日本産の鳥類の約22%、淡水魚類や両生類の50~60%以上が絶滅危惧に分類されており、固有種の多い日本の生態系が深刻な打撃を受けていることが示唆されています。里山環境の消失や水辺の開発により、身近だった野生生物(例えばトンボやメダカ、カエル類など)が急減し、各地で地域固有の種が姿を消しつつあるという報告もあります。日本固有の生態系が抱えるこうした危機は、世界的な生物多様性低下の縮図とも言えるでしょう。

環境省 第5次レッドリスト:分類群別の絶滅危惧種数 植物・菌類2,063種(2020年比207種減)、鳥類108種(10種増)、爬虫類・両生類96種(12種増)。 環境省 第5次レッドリスト:分類群別の絶滅危惧種数 2025年3月(植物・菌類)、2026年3月(鳥類、爬虫類・両生類)公表。 ※はレッドリスト2020との差(下の注記) 0 500種 1,000種 1,500種 2,000種 絶滅危惧種数 植物・菌類 2,063種 鳥類 108種 爬虫類・両生類 96種
図2 環境省 第5次レッドリスト — 公表済み3分類群の絶滅危惧種数。出典: 環境省 報道発表(植物・菌類 2025年3月18日/鳥類、爬虫類・両生類 2026年3月17日)。※印はレッドリスト2020との差で、植物・菌類は207種減、鳥類は10種増、爬虫類・両生類は12種増です。汽水・淡水魚類など残る分類群は未公表で、この図には含まれません。

2. 生息地喪失:陸域75%、海域66%が改変

森林面積の大幅な減少

生物多様性を支える生息地そのものの喪失も、世界規模で急速に進行しています。IPBES報告によれば、人間活動により陸域の75%、海洋の66%がすでに大きく改変されました。特に森林破壊は深刻です。FAO(国連食糧農業機関)が2025年10月21日に公表した世界森林資源評価2025(FRA2025)によれば、世界の森林面積は41億4,000万ヘクタールで、地球の陸地面積のおよそ3分の1にあたります。年間の森林減少面積は、1990〜2000年の1,760万ヘクタールから2015〜2025年には1,090万ヘクタールへと縮小しました。減少のペースは鈍りましたが、森林が失われ続けていること自体は変わっていません。なお、本コラムの初出時に引いた「1990年から2020年の30年間で約1億7,800万ヘクタール減少」(世界の森林面積の約4.6%)は、FAOの2020年版(FRA2020)に基づく数値です。なお1億7,800万ヘクタールは、森林の増加分を差し引いた純減の30年合計であり、上記の年1,090万ヘクタールは増加分を差し引かない森林減少(デフォレステーション)の年平均です。また世界資源研究所(WRI)は2025年5月20日、2024年に熱帯で失われた原生林が670万ヘクタールに達し、2023年のほぼ2倍だったと発表しました。同発表によれば、記録上はじめて農業ではなく火災が熱帯原生林の消失の最大の要因となり、全体の約半分を占めています。FAOの数値は世界の森林全体を対象とした年平均、WRIの数値は熱帯の原生林を対象とした単年の値で、対象も算定方法も異なります。歴史的に見れば、1900年以降に地球上の森林の半分以上が何らかの形で失われたとの推計もあり、植民地化や産業開発に伴う伐採・焼畑が豊かな森林生態系を大きく減少させてきました。森林は多様な野生生物の宝庫ですが、その基盤が破壊されることで多くの種が生息地を追われ、絶滅の危機に瀕しています。

世界の年間森林減少面積(10年平均) 年間の森林減少は1990〜2000年の1,760万ヘクタールから2015〜2025年の1,090万ヘクタールへ鈍化した。 世界の年間森林減少面積(10年平均) FAO 世界森林資源評価2025。増加分を差し引かない森林減少 (デフォレステーション) 0 500万ha 1,000万ha 1,500万ha 年間の森林減少 1990〜2000年 1,760万ha 2015〜2025年 1,090万ha
図3 世界の年間森林減少面積(10年平均)。出典: FAO「世界森林資源評価2025(FRA2025)」(2025年10月21日公表)。増加分を差し引かない森林減少(デフォレステーション)の年平均で、本文の「30年間で約1億7,800万ヘクタール」(純減)とは算定方法が異なります。

日本国内の森林の変化、里山・都市緑地の衰退

日本でも戦後の開発と産業化で森林環境は様変わりしました。国土の約67%が森林に覆われていますが、その多くは戦後に植林された人工林で、生物多様性の観点では単一樹種による画一的な林相となっています。加えて、近年は林業衰退や人口減少により里山の手入れが行き届かなくなり、草原や二次林に依存する昆虫・鳥類など里山の生物相が縮小傾向にあります。都市近郊でも緑地の減少が著しく、例えば神奈川県横浜市では高度成長期以降の宅地開発で樹林地面積が1960年の約10,344ヘクタールから1999年には2,732ヘクタールへと激減しました(約74%減)。このように森林と緑地の減少は、生息域の断片化と質の低下をもたらし、多くの種の存続を脅かしています。

湿地・干潟の消失

豊かな生物多様性を育む湿地や干潟も、世界的にみて壊滅的な損失が進んでいます。IPBES報告は、1700年に存在した世界の湿地の85%以上が2000年までに失われたと指摘しています。20世紀だけでも湿地面積の大半が開発や干拓で消え去った計算です。湿地帯は水鳥、淡水魚、水生昆虫など多様な生物の重要な生息地ですが、人間の土地利用(農地化・都市化)による排水・埋め立てで劇的に減少しました。日本でも、高度経済成長期以降の河川改修や沿岸部の埋め立てにより干潟・湿地が激減し、かつて東京湾沿岸に広がっていた干潟はほとんど失われています。現在では釧路湿原や藤前干潟などラムサール条約に登録された一部の湿地が辛うじて残るのみで、こうした貴重な生態系の「オアシス」はごく限られた存在となっています。


3. 気候変動が加速する生態系の崩壊

IPCC報告:温暖化2℃でサンゴ礁99%以上消滅の恐れ

地球温暖化も生物多様性に深刻な圧力を与えています。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書(2022年)によれば、気温上昇を産業革命前比で2℃に抑えた場合でさえ、世界のサンゴ礁の99%以上が消滅する可能性が高いとされています。たとえ1.5℃の上昇に留めてもサンゴ礁の70~90%が失われると予測されており、もはや温暖化の規模がわずか数度の違いで海洋生態系に壊滅的な影響を及ぼす段階に来ていることを示しています。実際、オーストラリアのグレートバリアリーフでは過去数年にわたり大規模なサンゴの白化現象と死滅が相次いで観察されており、海水温の上昇がサンゴ礁生態系を急速に追い詰めている状況です。サンゴ礁は海洋の熱帯林とも称され多様な海洋生物の拠り所ですが、その消失は海の生物多様性に壊滅的な連鎖影響を及ぼす恐れがあります。

温暖化の水準とサンゴ礁の消失割合(予測) 1.5℃の上昇で世界のサンゴ礁の70〜90%、2℃で99%以上が失われると予測されている。 温暖化の水準とサンゴ礁の消失割合(予測) IPCC 第6次評価報告書(2022年)。産業革命前からの気温上昇 0 25% 50% 75% 失われるサンゴ礁の割合 +1.5℃ 70〜90% +2℃ 99%
図4 温暖化の水準とサンゴ礁の消失割合(予測)。出典: IPCC 第6次評価報告書(2022年)。1.5℃で70〜90%、2℃で99%以上が失われるとの予測で、淡い部分は予測の幅です。

白化は、すでに将来予測ではなく現在進行形の現象になっています。2025年にGlobal Tipping Points Report 2025が公表されました(英エクセター大学Global Systems Instituteが主導し、23か国87機関の160名以上が執筆)。同報告書は、1.4℃の温暖化の段階で、暖水性のサンゴ礁がすでに熱的な転換点を越えつつあると記しています。前例のない衰退が起きている、というのが現状評価です。

また、白化の起こり方は一様ではありません。神戸大学などの研究グループが2025年12月23日に成果を発表しました(掲載誌 Coral Reefs)。それによれば、高温の環境では、共生する褐虫藻の光合成系が壊れて一斉に白化が進みます。一方、常温でも栄養が不足すると、光合成が正常に保たれたまま白化が少しずつ進みます。後者については、サンゴがエネルギーを確保するために褐虫藻を消化している可能性が示唆されています。白化を「高温だけが引き起こす現象」と単純化できないことを示す結果です。

日本の桜開花の前倒しや高山帯の変化

気候変動の影響は身近な自然現象にも表れています。その典型が桜の開花時期の変化です。京都では1200年に及ぶ古文書記録が残っていますが、2021年には平安時代からの記録で最も早い3月26日に満開を迎えました。近年、京都の桜は平野部の年平均気温上昇に伴って開花が大幅に前倒しとなっており、これは地球温暖化の影響を示す象徴的事例です。また、日本アルプスなどの高山帯では、温暖化により低地性の植物がより高い標高へ侵入し始め、高山植物が生育環境を奪われつつあります。気温上昇で森林限界が上昇すると、高山のお花畑が縮小・消失する可能性が指摘されています。実際、近年の暖冬で積雪量が減った年には、森林がこれまで生育できなかった高所にまで拡大しつつあるとの報告もあります。気候変動による生態系の「垂直移動」は、寒冷環境に適応した高山固有種(高山蝶やライチョウなど)の生存を脅かし、生物相の組み替えを引き起こしています。

高山のお花畑については、どの種がなぜ減るのかという機序にも研究が及んでいます。北海道大学などの研究グループが2025年2月に発表した大雪山の調査では、過去40年間で減った高山植物に、地下部の発達が乏しく乾燥に弱いという共通点が示されました。日本国内の事例は、第5話であらためて取り上げます。

なお、季節の移ろいを記録する仕組みそのものも変わりました。気象庁は1953年から全国で生物季節観測を続けてきましたが、2021年以降に観測を続けるのは植物6種目9現象に絞られました。内訳は、さくらの開花・満開、うめの開花、あじさいの開花、すすきの開花、いちょうの黄葉・落葉、かえでの紅葉・落葉です。気象台の周辺で標本木の確保が難しくなり、動物季節観測では対象を見つけること自体が難しくなったことが理由とされています。これを受けて気象庁・環境省・国立環境研究所は、過去約70年の記録と比較できる観測を市民調査員とともに続ける生物季節モニタリングを2021年度から始めました。桜の開花のように観測が続く指標がある一方、身近な生きものの季節を同じ物差しで追い続けられるかどうかは、この新しい観測体制にかかっています。

極端気象・海洋熱波の増加

温暖化は気温や海水温の平均値を押し上げるだけでなく、異常気象の頻度と強度も高めています。世界各地で大型台風・ハリケーン、集中豪雨や干ばつの発生が増え、生態系へのストレスが増大しています。海洋では、近年とりわけ海洋熱波と呼ばれる異常高水温の発生が増加傾向にあります。IPCCの報告によれば、1980年代以降で海洋熱波の発生頻度が約2倍に増え、継続期間も長期化・強度化しているとされています。例えば2010年代に発生した北太平洋やインド洋の大規模海洋熱波では、広範囲でサンゴの大量白化や魚類の大量死が報告されました。こうした極端な環境変動は、生態系の破壊を加速し、生物種の地域絶滅や資源の激減を引き起こしています。未来の温暖化シナリオでは海洋熱波が一層頻発・深刻化すると予想され、海の生物多様性への脅威は増すばかりです。


4. 海洋環境の悪化:乱獲・プラスチック汚染・海洋酸性化

乱獲による漁獲量の減少

人間による生物資源の過剰利用も、生物多様性危機の主要因です。世界の商業的な水産資源の約1/3は持続不可能な状態、すなわち乱獲(オーバーフィッシング)状態にあると推定されています。FAOの『世界水産白書2022』によれば、全球の漁業資源の34%が乱獲のレベルに達しており、持続可能な範囲内にある資源(約66%)よりも過剰漁獲の割合が増加傾向にあります。乱獲の影響は実際の漁獲量にも表れており、水産大国だった日本の漁獲量は1980年代後半に年間約1,200万トンというピークに達しましたが、その後減少の一途をたどり、2022年には約385万トンと過去最低を記録しました。これはピーク時の3割程度にまで落ち込んだ計算で、日本近海でサンマやイカなどお馴染みの魚が激減し続けていることを意味します。乱獲に加え、温暖化による魚の分布変化や国際的な漁業規制の強化も一因とされますが、私たちの食卓を支えてきた水産資源が持続不能なペースで減少している現状は深刻です。

日本の漁獲量 — ピーク時と2022年 日本の漁獲量は1980年代後半の年間約1,200万トンから2022年の約385万トンへ減少した。 日本の漁獲量 — ピーク時と2022年 漁業・養殖業生産量。2022年はピーク時の3割程度 1980年代後半 2022年 1,200万トン 385万トン 漁獲量
図5 日本の漁獲量 — 1980年代後半のピークと2022年。出典: 農林水産省「漁業・養殖業生産統計」(本文参照)。約1,200万トンから約385万トンへ。乱獲のほか、温暖化による分布変化や国際的な漁業規制も背景にあります。

プラスチック汚染の深刻化

人間活動が生み出す汚染物質も生態系を脅かしています。特にプラスチックごみによる海洋汚染は21世紀に入って深刻化しました。推定では年間800万~1,000万トンものプラスチック廃棄物が世界の海に流出しているとされ、累計では数億トン規模のプラスチックが海洋に蓄積している可能性があります。これは毎分トラック1台分のプラスチックごみを海に投棄している計算で、そのインパクトは計り知れません。海洋に投棄されたプラスチックは紫外線や波浪にさらされて微細化し、マイクロプラスチックとなって食物連鎖中に取り込まれます。すでに世界中の海洋生物(魚介類、海鳥、クジラ等)の体内からプラスチック片が検出されており、我々人間も摂食を通じて少なからず取り込んでいると考えられます。プラスチックは有害化学物質を吸着する性質もあるため、生物の健康や繁殖に与える長期的影響が懸念されています。国際連合環境計画(UNEP)は2021年に「From Pollution to Solution(汚染から解決へ)」と題する報告書を発表し、この海洋プラスチック問題に対処しなければ2050年には海のプラスチック量が魚類を上回る可能性すらあると警鐘を鳴らしました。

海洋酸性化が炭酸カルシウム生物を脅かす

大気中のCO₂濃度上昇は気候だけでなく海の化学組成にも変化を及ぼしています。海洋は人為起源CO₂の約4分の1を吸収すると言われますが、その結果として海水のpHが低下する「海洋酸性化」が進行しています。産業革命前の平均海水pHは約8.2でしたが、現在は8.1程度まで低下しており、この0.1のpH低下は水素イオン濃度で約25%の酸性度増加に相当します。わずかな変化に思えますが、海洋生物にとっては深刻です。特に影響を受けるのが、炭酸カルシウムで殻や骨格を形成する生物群(サンゴ、貝類、ウニ、プランクトンなど)です。海水が酸性に近づくと炭酸カルシウムの飽和度が下がり、殻や骨格の形成(石灰化)が阻害されます。その結果、サンゴの成長速度低下や産卵失敗、二枚貝の殻形成不全、プランクトンの個体群減少などが各地で報告されています。こうした基盤生物の不調は生態系全体に連鎖し、漁業資源や海の炭素循環にも影響を及ぼしかねません。過去数百万年でこれほど急激な酸性化は例がなく、海洋生物が適応する猶予もほとんどないため、今世紀後半に向けて大規模な生態系変化が懸念されています。


5. 1970年からの時系列比較

半世紀ほど前の1970年を基準にすると、生物多様性に関する多くの指標が驚くべき悪化を示しています。当時と現在を比較した主なデータは次の通りです。

  1. 野生生物個体数指数(LPI)
    WWFの『生きている地球レポート2024』(2024年10月10日発表)によれば、1970年から2020年までの50年間で、モニタリングされている野生脊椎動物の個体群は平均73%減少しました。本コラムの初出時に引いた2022年版は1970〜2018年で69%減でした。版ごとに対象期間とデータセットが更新されるため単純な比較はできませんが、指数の低下傾向は変わっていません。この指数は、5,495種の野生脊椎動物における約3万5,000の個体群の分析に基づくものです。生育環境別では、淡水域が85%減と最も大きく、陸域が69%減、海域が56%減でした。川や湖などの生態系が、開発や汚染で大きく損なわれてきたことを示しています。

    野生脊椎動物の個体群の平均減少率(1970〜2020年) 地域別では中南米・カリブ95%減、アフリカ76%減、アジア太平洋60%減、北米39%減、欧州・中央アジア35%減。生息環境別では淡水域85%減、陸域69%減、海域56%減。 野生脊椎動物の個体群の平均減少率 (1970〜2020年) WWF 生きている地球レポート2024(世界平均は73%減) -100% -80% -60% -40% -20% 0 地域別 中南米・カリブ -95% アフリカ -76% アジア太平洋 -60% 北米 -39% 欧州・中央アジア -35% 生息環境別 淡水域 -85% 陸域 -69% 海域 -56%
    図6 野生脊椎動物の個体群の平均減少率(1970〜2020年)。出典: WWF「生きている地球レポート2024」(2024年10月10日発表)。世界平均は73%減。約5,500種・約3万5,000個体群の指数で、版ごとに対象期間とデータセットが更新されるため、他の版との単純比較はできません。
  2. 森林面積の推移
    前述の通り、FAOの2020年版では1990〜2020年の30年間に世界の森林面積が純減で約1億7,800万ヘクタール減り、2025年版(FRA2025)では2015〜2025年の森林減少が年1,090万ヘクタールと集計されています。20世紀全体ではさらに多くの森林が失われており、推計では1900年以降に地球の森林の半分以上が劣化・消滅したとされます。森林破壊のペース自体は鈍化してきましたが、それでも年間1,000万ヘクタールを超える森林が減り続けています。

  3. 大気中CO₂濃度の上昇
    1970年前後には約325ppmであった大気中の二酸化炭素濃度は、2023年には420ppm超に達しました(約50年で約30%増加)。CO₂濃度上昇は地球温暖化を加速し、海洋・陸上の生態系に構造的な変化を引き起こしています。例えば地球の平均気温は産業革命以前に比べてすでに+1.1℃ほど上昇しており、それによって前述したサンゴ礁の白化や熱帯域の生物分布の極移動などが現実化しています。

  4. 日本の漁獲量
    前述のように、日本の水産業も1970年代以降大きな転換点を迎えました。1980年代後半には年間約1,200万トンを誇った総漁獲量は、その後減少に転じ、2022年には400万トンを下回る水準(約385万トン)と史上最低を更新しました。乱獲による資源枯渇に加え、温暖化に伴う魚群の移動や海洋環境の変化が背景にあります。例えば日本の伝統的な秋刀魚(サンマ)は近海でほとんど漁獲できなくなり、記録的不漁が続いています。


6. 私たちへの影響

生物多様性の危機は「自然界だけの問題」ではなく、私たち人間社会にも直接の影響を及ぼします。まず、食料生産や水産業、医薬品開発など多くの産業が野生生物や生態系サービスに支えられているため、種の枯渇や生態系機能の低下は資源の枯渇・価格高騰や食料安全保障の悪化につながります。例えば、花粉媒介者である昆虫の減少は農作物の受粉不良を招き、収量低下や食料価格の上昇を引き起こしかねません。また、遺伝資源の損失は新薬開発の可能性を減少させ、人類の健康にも影を落とします。IPBES報告書も現在の生物多様性損失のトレンドが続けば、貧困や飢餓の撲滅、水の確保、都市環境、気候緩和など持続可能な開発目標(SDGs)の達成を大きく阻害すると警鐘を鳴らしています。実際、「生態系の健康は我々の経済・生計・食料安全保障・健康・生活の質の基盤であるが、それがこれまでになく急速に劣化している」と指摘されており、生物多様性の危機は人間社会の存続基盤を揺るがす問題なのです。

さらに、生態系は防災・減災の面でも重要な役割を果たします。例えばマングローブ林やサンゴ礁は沿岸部で津波・高潮のエネルギーを和らげ、湿地や氾濫原は豪雨時の洪水を緩和する天然のインフラです。しかし、生物多様性の劣化に伴いこうした生態系の持つ調節機能(気候緩和、水質浄化、送粉、洪水防止など)が低下しており、災害への脆弱性が増しています。例えば海岸林の減少は沿岸域の防潮機能を弱め、高潮被害のリスクを高めます。生物多様性の喪失はひいては社会コストの増大や地域コミュニティの安全性低下にもつながるのです。

一方で、危機的現状を前に各国や地域社会は生態系の回復と保全に向けた動きも強めています。森林再生や湿地の復元、海洋保護区の拡大、プラスチック削減など、多方面で自然との共生を目指す取り組みが広がりつつあります。2022年末には「昆明・モントリオール生物多様性枠組み(GBF)」が採択され、2030年までに陸海の30%を保護区とする目標(30×30目標)など野心的な23のターゲットが国際合意されました。この歴史的合意は「自然のパリ協定」とも称され、196か国が2030年までに生物多様性損失を食い止め逆転させることに合意したものです。また各国国内でも、生物多様性条約の目標やSDGsに沿って具体的な行動計画が策定・強化され始めています。たとえばEUでは2030年までに生態系を大規模に修復する自然再生法の整備が進められ、日本でも気候変動適応策の一環として藻場・干潟の造成やサンゴ礁保全が検討されています。

希望の兆しとして、科学者たちは「今ならまだ(変革すれば)間に合う」と強調しています。既存の研究によれば、適切な保全策と持続可能な資源利用への転換により、生態系は再生力を発揮し回復する余地が残されています。実際、世界各地で一度絶滅の危機に瀕した種が保護活動によって個体数を増やした例(トキやニホンカモシカなど)もあります。生物多様性の損失を食い止めることは同時に気候変動の緩和にもつながり、両者は一石二鳥の関係にあります。今こそ私たち一人ひとりが危機感を持ち、「自然との共生」という次世代への責任ある選択を実行に移す時です。地球規模で見れば猶予はわずかですが、行動如何では未来の生態系に再び豊かな多様性を取り戻せる希望もまた残されているのです。

7. まとめ

ここ半世紀ほどで生物多様性は大きく損なわれ、あらゆる指標が危機的な水準を示しています。多種多様な生きものが織りなす生態系は、人間社会に食料・水・空気浄化など重要な恩恵をもたらしていますが、その基盤が崩れつつある現状を、さまざまなデータが明確に示しています。

次回は、この危機が私たちの暮らしや健康・経済活動にどう影響しうるのか、より身近な事例をもとに掘り下げていきます。 そして、今私たちにできる行動や政策の方向性についても考え、次世代への責任ある選択肢を探っていきたいと思います。

【出典、参考文献】

更新履歴: 2026年9月 — 中核数値を最新版へ更新しました。IUCNレッドリストを2025年10月時点(評価172,620種・絶滅危惧48,646種)へ、WWFの個体群指数を『生きている地球レポート2024』(1970〜2020年で73%減・淡水85%減)へ、森林はFAOの世界森林資源評価2025(森林41.4億ha/年間減少は2015〜2025年に1,090万ha)へ差し替え、対象も算定方法も異なるWRIの2024年単年の熱帯原生林消失(670万ha・火災が最大要因)を併記しました。環境省レッドリストの記述は第5次(植物・菌類 2025年3月/鳥類及び爬虫類・両生類 2026年3月/絶滅危惧種の総計3,587種)へ更新。サンゴにGlobal Tipping Points Report 2025と白化の2機序(神戸大学)、高山帯に大雪山の高山植物の研究(北海道大学)と生物季節観測体制の変化(気象庁・国立環境研究所)を追記しました。「陸域75%・海域66%が改変」はIPBES 2019年評価が最新のため変更していません。


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