ライチョウ(10) — 中央アルプス復活プロジェクト:1羽から198羽、そして「監視フェーズ」へ
2018年の夏、中央アルプスの稜線で1羽の雌が見つかりました。それから7年。令和7年度(2025年度)の調査では、中央アルプス全体で83のなわばりが確認され、約190羽が繁殖していると推定されるまでになりました。そして2026年4月、環境省は「第三期ライチョウ保護増殖事業実施計画」を開始し、事業は個体を増やす段階から、増えた集団を見守る「監視フェーズ」へと移っていきます。第10回では、この7年間に何が行われ、いま何が終わり、これから何を確かめようとしているのかを、公表されている資料をたどりながら整理します。
1. 1羽から始まった
1-1. 2018年、約50年ぶりの雌
中央アルプスでは1969年以降ライチョウの確認が途絶え、地域絶滅したと考えられていました。ところが2018年7月、約50年ぶりに雌1羽が確認されます。遺伝子解析の結果、この個体は乗鞍岳の集団と同一であることが判明しました。
1羽では集団は続きません。雄がいなければ受精卵は得られず、その1羽が失われればそこで終わります。それでも、この1羽が確認されたという事実は、中央アルプスの高山帯がいまもライチョウの暮らせる場所であることを示していました。ここから、環境省の保護増殖事業の一環として、中央アルプスでの個体群復活の取り組みが本格的に動き出します。
1-2. 2019年の全滅と、2020年の移送
最初の試みは2019年でした。既存の個体群から提供された卵6個を中央アルプスへ移し、5羽が孵化しましたが、10日後には全滅しています。高山帯で雛が育つことの難しさが、そのまま結果として出た形でした。
翌2020年には、飼育下の卵を使った野生復帰試験に加えて、既存の個体群から3家族(計19羽)の移送が実施されます。2020年9月末時点で、雌の成鳥4羽と亜成鳥14羽の生存が確認されました。1羽だった集団に、親から子へ生き方を伝えられる家族単位が加わったことが、その後の増加の出発点になります。
ライチョウの雛は、孵化した直後から自分で歩いて採食します。しかし何を食べ、どこに隠れ、いつ動くのかは、親についていくことでしか身につきません。卵だけを運ぶ方法では集団の再建に至らず、家族単位で運ぶ必要があったと考えられます。この7年間の試行錯誤は、そうした当たり前のようで見落とされがちな前提を、ひとつずつ確かめ直す作業でもありました。
2. 増やすために行われたこと
2-1. ケージ保護
中央アルプスでの回復を支えた中心的な手法が「ケージ保護」です。孵化直後の雛と母鳥を、高山帯に設置した木枠と金網のケージに一定期間収容し、天候の急変や捕食者から守りながら、周囲の自然に慣れさせていきます。天気の良い日は日に2回ケージを開けて親子を外へ出し、親鳥が雛に採食や危険回避を教える時間をつくります。守りすぎず、しかし死亡率が高いとされる孵化直後の時期だけを人が肩代わりする——そういう発想の手法です。
この方法論は、南アルプスでの実験的な導入を経て第一期の保護増殖事業でほぼ確立され、中央アルプスに応用されました。中央アルプスでのケージ保護事業は、4年間で十分な成果を上げたと判断され、令和6年度(2024年度)をもって終了しています。
2-2. 動物園で育った個体を、山へ
もうひとつの柱が、飼育下で繁殖させた個体を山に戻す「野生復帰(放鳥)」でした。動物園で孵化・育雛した個体を高山帯へ運び、ケージでの順化を経て野外へ放つ方法です。動物園の役割は、展示や保険的な飼育集団の維持にとどまらず、野生の集団へ個体を供給する側へと踏み込みました。
この段階では、移送そのものが技術課題でした。ヘリコプターや車両での輸送、高温多湿への対策、受け入れ側との事前確認——高山にすむ鳥を平地から高山へ運ぶという行為には、飼育技術とは別の難しさが伴います。実際に、令和6年度(2024年度)に初めて行われた亜成鳥の陸送では、移送中の高温多湿によるヒートショックで3個体が死亡する事故が起きました。これを受けて、個体移送に関するマニュアルの作成や移送箱の改良など、手順の見直しが進められています。
それでも動物園由来の個体は、中央アルプスの集団に確かに加わりました。放鳥された個体が翌年の繁殖に参加し、そこから生まれた子がさらに繁殖に加わる。この連鎖が確認されたことは、飼育下で育った個体が野生の集団の一部として機能しうることを示しています。動物園と山とを、個体という単位でつなぐ経路が実際に成立したわけです。
2-3. 捕食者への対応
個体を増やす取り組みと並行して、捕食者への対応も続けられました。中央アルプスではテンとキツネを対象とした捕獲が行われ、センサーカメラによる活動状況の把握も継続されています。さらに、高山帯に上がってくるニホンザルの追い払いも、数年にわたって続けられてきました。
2025年12月20日に駒ヶ根市で開かれた「中央アルプスライチョウ復活報告会」では、サルの追い払いを4年間続けた結果、夏季の高山帯への侵入がほとんど見られなくなったことも報告されています(一般財団法人中村浩志国際鳥類研究所による報告会の記録)。ライチョウを増やす作業とは、卵と雛を守る作業であり、それは高山帯にどんな動物がいるかを管理する作業でもある、ということです。
3. 令和7年度の到達点 — 83なわばり、約190羽
3-1. 「確認」と「推定」は違う
環境省信越自然環境事務所は2025年7月7日、令和7年4月から6月にかけて実施したなわばり調査の結果を公表しました。発表によれば、中央アルプス全体で83のなわばりを確認し、約190羽が繁殖しているものと推定されました。令和6年度は58なわばり・計130羽と発表されており、ここから「さらに生息数が1.4倍に増加」したとしています。この約190羽という数字には「7月5日現在の速報値」という注記が付いています。
なわばりの数は「確認」された数、羽数は「推定」された数です。なわばりは、繁殖期に定着した個体の範囲を現地で数え上げたもので、実測に近い値です。一方の個体数は「繁殖しているものと推定」された値であり、どのように推定したかは発表文には書かれていません。確認された数と推定された数は、性質が違います。報道や紹介記事では両者がまとめて「◯◯羽」と書かれがちですが、発表の表現をそのまま保つことが、この種の数字を読むうえでの最初の作法だと考えています。
同じ発表の表題は「中央アルプスにおけるライチョウの生息数増加と分布範囲の拡大について」でした。数が増えただけでなく、分布そのものが広がっています。中央アルプスの南部にまで生息が確認されるようになったことは、集団が北端の一角にとどまらず、山域全体を使い始めたことを意味します。なお、具体的な繁殖地の位置については、撹乱を招かないよう、本コラムでは山域名までの記載にとどめます。
3-2. 190羽と198羽
中央アルプスの個体数には、もうひとつ別の数字が流通しています。2026年4月に策定された「第三期ライチョウ保護増殖事業実施計画」の本文には、「1羽の成鳥から令和7年(2025年)7月時点で198羽にまで個体数が増加した」と書かれており、その出典は「令和7年度中央アルプス等におけるライチョウ保護増殖事業実施業務中間報告書」(信越自然環境事務所)とされています。
つまり、約190羽は7月5日現在の速報値、198羽は中間報告書に基づいて計画本文が採用した値であり、出所が違います。両者の差がなぜ生じたのかを説明する記述は、どちらの資料にも見当たりません。ですので本コラムでは、この差を「修正された」とも「集計方法が違う」とも書かず、それぞれの出所を添えて併記します。ひとつの数字に丸めたい場合は、計画本文が採った198羽を使うのが元の資料に忠実です。
1羽から198羽へ。この見出しに使われる数字の背後には、卵の移植、家族単位の移送、ケージ保護、放鳥、捕食者対策という別々の作業が積み重なっています。増えたのは結果であって、増やした方法はひとつではありませんでした。
4. 最後の放鳥
4-1. 令和7年度の19羽
令和7年度(2025年度)、(公社)日本動物園水族館協会加盟の動物園で飼育・繁殖したライチョウ19羽が、2回に分けて中央アルプスへ移送され、ケージによる順化を経て9月中に放鳥されました(2025年9月30日付の環境省信越自然環境事務所の報道発表「令和7年度中央アルプスにおけるライチョウ野生復帰事業の放鳥完了について」による)。同じ発表は、この事業の区切りについて次のように述べています。
野生復帰事業における放鳥は令和7年度が最後であり、今後は放鳥した野生復帰個体の生存及び繁殖状況についてモニタリングを実施します。
中央アルプスにおけるライチョウ野生復帰実施計画は、令和3年度から令和7年度までの期間で進められてきたもので、令和7年度はその計画期間の最終年度にあたります。ケージ保護は令和6年度で、放鳥は令和7年度で終わりました。人の手を引いていく工程が、段階を追って区切られてきたことになります。
4-2. 11羽の生存確認と、確認できなかった個体
放鳥後の事後調査では、19羽のうち11羽の生存が確認されました。残る8羽については、積雪により高山帯から移動したと考えられるとされ、死亡が確定したわけではありません。高山帯の秋から冬にかけての調査は、天候と積雪の制約を強く受けます。「確認できなかった」ことと「いなくなった」ことは同じではない——これも、数字を読むときに落としてはいけない区別です。
この事後調査の結果は、2025年12月2日付の環境省信越自然環境事務所の報道発表「令和7年度中央アルプスにおけるライチョウ野生復帰事業の事後調査結果及び報告会の開催について」で公表されました。同じ発表で告知された報告会が、12月20日の「中央アルプスライチョウ復活報告会」です。
5. 「復活した」とどう判定するのか
5-1. 第三期計画が定める「監視フェーズ」
2026年4月、環境省関東地方環境事務所と信越自然環境事務所は「第三期ライチョウ保護増殖事業実施計画(保護増殖事業監視フェーズ移行計画)」を策定しました。計画期間は令和8年4月から令和13年3月(2026年4月〜2031年3月)までの5年間です。名称に「監視フェーズ移行計画」と入っているとおり、この5年は、事業の重心を実施から監視へ移していくための期間として設計されています。
中央アルプスについて計画が定めているのは、令和10年度(2028年度)まで生息域内保全を実施しながらモニタリングを継続する、という工程です。何かを新たに投入するのではなく、投入をやめた状態で集団がどう振る舞うかを、数年かけて観察する段階に入るということです。
5-2. 6ヶ所目の自立個体群
この監視の先にあるのが「自立個体群」の認定です。計画は基準Bの検討として、中央アルプスについて「安定した個体群と評価されれば6ヶ所目の自立個体群として認定される事で基準Bをクリアできると考えられる」と記しています。また、今後3年程度のモニタリング調査の結果を経て、新たな保全単位として加える(合わせて6ヶ所とする)ことが想定されています。
「6ヶ所目」という言い方には、この事業が中央アルプス単独の話ではないことが表れています。ライチョウの生息地は本州中部の限られた山域に分かれて残っており、それぞれが独立した集団として維持されているかどうかが、種全体の評価につながります。中央アルプスが自立した集団として数えられるようになれば、日本のライチョウの守られ方は一段階変わります。
5-3. ダウンリストと「2029年」
第三期計画は、計画期間内の目標として、絶滅危惧ⅠB類(EN)から絶滅危惧Ⅱ類(VU)へのダウンリストの実現を掲げています。ただし現状は、2026年3月17日に公表された環境省第5次レッドリスト(鳥類及び爬虫類・両生類)においても、ライチョウは絶滅危惧ⅠB類(EN)のまま据え置かれました。カテゴリーが動いたわけではありません。
また同計画は、ダウンリストの条件についても触れており、危機的な状況を脱した状態を「10年または3世代のうち長い方」、ライチョウの場合は10年間継続することでダウンリストが可能になる、と説明しています。数が増えた年がすぐに評価の変更につながるわけではない、ということです。
なお、「2029年にランクダウン」という年次を目にすることがあります。これは、2025年12月20日の復活報告会で環境省信越自然環境事務所の担当者が述べたとされる見通し(一般財団法人中村浩志国際鳥類研究所の報告会記録による)であり、今後3年間、人の手を借りずに集団を維持できるかを見守り、可能と判断された場合には2029年にレッドリストのランクダウンをする、という条件付きの話です。本コラムで確認した範囲では、環境省の第三期計画本文に2029年という年次の記載は見当たりません。本コラムでは、この年次を公式の目標年としては扱わず、出所と条件を添えた見通しとして紹介するにとどめます。
5-4. 山を降りた側の集団は続く
放鳥が終わっても、動物園での飼育がなくなるわけではありません。令和7年度第1回のライチョウ保護増殖検討会(令和8年1月開催)の資料によれば、現在ライチョウを飼育しているのは8園館で、飼育下の保険集団は当面60〜70羽を維持する方針が示されています。同資料は、今後想定される飼育個体の増加に対して、施設・人員・予算の面で十分な収容力が確保されていないことも課題として挙げています。
野生の集団が自立に向かう一方で、飼育下の集団はいざというときのための備えとして残ります。片方が成功したから片方をやめる、という関係ではありません。
6. 登山者に見えるもの
6-1. 人が増えた山で
復活の舞台となった中央アルプスは、いま登山者にとっても人気の高い山域です。YAMAPの「登られた山ランキング2025」(2025年1月1日〜11月30日集計)では、中央アルプスの山が甲信越エリアの1位となりました。前年は4位で、活動日記数は前年比120.2%とされています。これはYAMAPに投稿された登頂記録をエリア別に集計したもので、入山者数そのものの統計ではありませんが、この山域を訪れる人が増えていることの一つの手がかりにはなります。
標高の高い場所まで比較的容易に上がれる山域であることも、この数字の背景にあります。ライチョウが増えたということは、ライチョウと人が出会う機会が増えたということでもあります。
復活プロジェクトの成功は、そのまま観察者の増加という形で山に返ってきます。出会える確率が上がれば、その姿を見たい、記録したいと考える人も増えます。増えたこと自体が新しい負荷を生みうる——これは中央アルプスに限らず、保全がある程度うまくいった場所で共通して起きることです。
6-2. 見守る、という関わり方
これから数年、中央アルプスの集団は「人の手を借りずに維持できるか」を確かめられる期間に入ります。ケージも放鳥もない状態で、卵が孵り、雛が冬を越し、翌年またなわばりが立つかどうか。ここを確かめる期間です。その積み重ねだけが、自立個体群という判断の材料になります。
つまりこの数年間、私たちが山でできる最大の貢献は、何もしないことに近いのかもしれません。距離をとって観察すること、登山道から外れないこと、雛を連れた家族に近づかないこと。人が関与しない状態を測っている期間に、人の影響を増やさないという関わり方です。
「復活した」という言葉は、達成の宣言のように響きます。けれど第三期計画が定めているのは、宣言ではなく、数年かけて確かめるという手続きでした。1羽が見つかってから7年で数を戻したこの取り組みは、ここから、増やした集団が自分の力で続いていくかどうかを見届ける、もっと地味な時間に入ります。稜線でライチョウに出会ったとき、その1羽が数えられている83のなわばりのどこかに属しているかもしれない——そう思うと、静かに通り過ぎるという選択にも、少し意味が出てくるように思います。
OFLAは、製品売上の一部をニホンライチョウをはじめとする研究・保護活動に寄付しています。寄付の仕組みは PROMISE ページ で公開しています。私たちにできるのは、現地で調査と保全を続けている方々の活動を、静かに支え続けることだと考えています。
次回は、登山者にできることを、観察と撮影のマナーという具体的な形から取り上げます。増えたからこそ生じている新しい課題を、発表されている呼びかけに沿って整理します。
【出典、参考文献】
環境省 信越自然環境事務所 (2025年7月7日). 「中央アルプスにおけるライチョウの生息数増加と分布範囲の拡大について」
https://chubu.env.go.jp/shinetsu/pre_2025/press_00001.html環境省 関東地方環境事務所・信越自然環境事務所 (令和8年4月). 「第三期ライチョウ保護増殖事業実施計画(保護増殖事業監視フェーズ移行計画)」計画期間 令和8年4月〜令和13年3月
https://chubu.env.go.jp/shinetsu/content/000395850.pdf環境省 信越自然環境事務所 (2025年9月30日). 「令和7年度中央アルプスにおけるライチョウ野生復帰事業の放鳥完了について」
https://chubu.env.go.jp/shinetsu/pre_2025/press_00007.html環境省 信越自然環境事務所 (2025年12月2日). 「令和7年度中央アルプスにおけるライチョウ野生復帰事業の事後調査結果及び報告会の開催について」
https://chubu.env.go.jp/shinetsu/pre_2025/press_00009.html環境省 自然環境局. 「ライチョウ(保護増殖事業)」
https://www.env.go.jp/nature/kisho/hogozoushoku/raicho.html環境省 (2026年3月17日). 「第5次レッドリスト(鳥類及び爬虫類・両生類)の公表について(お知らせ)」
https://www.env.go.jp/press/press_03312.html環境省 (2026年3月17日). 「別添資料3:環境省第5次レッドリスト(鳥類及び爬虫類・両生類)カテゴリーの新旧対照表」
https://www.env.go.jp/content/000384883.pdf環境省 信越自然環境事務所. 令和7年度第1回ライチョウ保護増殖検討会 資料2-3「第3期ライチョウ生息域外保全実施計画(概要案)」
https://chubu.env.go.jp/shinetsu/content/000381674.pdf一般財団法人 中村浩志国際鳥類研究所 (2025年12月23日掲載). 「中央アルプスライチョウ復活報告会」
https://hnbirdlabo.org/index.php/2025/12/23/report-on-the-revival-of-the-central-alps-lagopus/株式会社ヤマップ. ニュースリリース「『登られた山ランキング2025』を公開」(調査期間 2025年1月1日〜11月30日)
https://corporate.yamap.co.jp/news/CammORJw
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