ライチョウ(11) — 登山者ができること:観察・撮影マナー7項目と2026年の課題
1. はじめに — 出会えるようになった、その次の話
高山の稜線でニホンライチョウ (Lagopus muta japonica) に出会ったとき、多くの人がまず驚くのは、その鳥が逃げないことです。数メートルの距離でも、ライチョウはハイマツの陰から歩き出し、草の実をついばみ、こちらを気にしていないように見えます。この距離の近さは、ライチョウがたどってきた歴史そのものであり、同時に、いま守るのがむずかしくなっているものでもあります。
ニホンライチョウは国の特別天然記念物であり、環境省第5次レッドリストでも絶滅危惧ⅠB類(EN)とされています。中央アルプスで進む個体群復活の取り組みのように、保護の現場では前進も生まれています。環境省信越自然環境事務所は2025年7月7日の報道発表で、令和7年4月から6月にかけて行ったなわばり調査により、中央アルプス全体で83のなわばりを確認し、約190羽が繁殖しているものと推定したと公表しています(7月5日現在の速報値)。
会える確率が上がることは、人とライチョウが触れる回数が増えることでもあります。本コラムでは、その接点で登山者にできることを、発表された呼びかけの言葉に沿って整理します。
2. なぜライチョウは人を恐れないのか
第8話「人を恐れない理由と文化的背景」で見たとおり、ライチョウの警戒心の薄さは、いくつかの条件が重なって形づくられたものだと考えられています。
本州中部の高山帯には、ヒトのような体格・動きをする捕食者がほとんど存在しなかったこと。主な捕食者はテン、キツネ、オコジョなどでした。
高山帯での狩猟圧が相対的に低く、「人間=危険」という学習の機会が少なかったこと。捕獲の記録は残るものの、大規模・継続的なものではなかったと考えられています。
立山・白山・御嶽山などの山岳信仰のもとで「神の使い」「霊鳥」とされ、狩ることを避ける伝承が地域に広がっていたこと。
詳しくは 第8話「人を恐れない理由と文化的背景」 をご覧ください。
つまりライチョウの“人懐こさ”は、人に慣れた結果というより、人を恐れる必要がなかった時間の長さの現れです。だからこそ、距離を決めるのは、いつも私たちの側になります。
3. 逃げない鳥のまわりで起きていること
一般財団法人中村浩志国際鳥類研究所が2026年2月5日に公開した「ライチョウを脅かさない観察と撮影マナーのお願い」には、現場で起きている懸念が並んでいます。登山道から出て、ライチョウを追い回しながらの撮影。飛べない雛を連れた家族に人が集まり、雛が親からはぐれてしまう事例が起きていると同研究所は書いています。巣の写真は登山道の外でしか撮れず、巣の前での長時間の撮影は雌親に大きなストレスを与え、人の匂いがキツネやテンによる捕食の危険を高めるとも指摘されています。高山でドローンを飛ばすことも、やめるよう呼びかけられています。そして最後に、撮った写真を不特定多数が見るサイトに載せると、真似をして撮りたい人が出てくるという連鎖が挙げられています。
どれも「逃げない」という性質に直接ぶら下がっています。同研究所が書くとおり、ライチョウは人が近づいても逃げ去らず、さらに近づかれてはじめて「逃げる体勢」をとります。距離を詰めるのをやめない限り、いつまでも追えてしまうということです。雌親は雛を置いて逃げないので、人に囲まれても留まってしまいます。逃げないことは、許していることではありません。
4. 観察の入口が広い山 — 木曽駒ヶ岳というケース
株式会社ヤマップは2025年12月9日、登山アプリ「YAMAP」の登頂数(活動日記数)が多かった山をエリア別に集計した「登られた山ランキング2025」を公開しました。調査期間は2025年1月1日から11月30日です。
このランキングで、甲信越エリアの1位となったのが木曽駒ヶ岳でした。前年の順位は4位、活動日記数の前年比は120.2%と発表されています。リリースはその理由として、ロープウェイで手軽に高山帯へ上がれることを挙げています。
これは登山口での入山者統計ではなく、YAMAP 利用者の投稿にもとづく集計です。また、このリリース自体はライチョウについて述べたものではありません。それでも、前年4位から1位へという順位の動きは、ロープウェイ等で高山帯まで一気に上がれる山に関心が集まっていることを示す手がかりではあります。だからこそ、山に入る一人ひとりの距離の取り方が効いてきます。
5. 観察と撮影のマナー7項目
以下は、一般財団法人中村浩志国際鳥類研究所(代表理事 中村浩志)が2026年2月5日に公開した「ライチョウを脅かさない観察と撮影マナーのお願い」の7項目です。見出しの一文はいずれも原文のまま引用し、その下に短い補足を添えました。
1.登山道でライチョウに出会ったら一歩後ろに下がりましょう。
ライチョウのほうが先に人に気づいています。さらに近づくと逃げる体勢をとってしまい、かえってじっくり観察できなくなります。まず安心させたうえで、離れた場所から観察し、撮影します。2.登山道以外でのライチョウの撮影はやめましょう。
夏山では登山道を歩くのが原則です。ライチョウは氷河期以来の日本の高山の住人であり、後から入ってきた人間のほうが彼らの生活圏にお邪魔している、という謙虚さが求められています。そのような撮影をしている人を見かけたら、声をかけることも呼びかけられています。3.飛べない雛を連れた家族への接近撮影はしないでください。
雌親は雛を置いて逃げません。逃げないから近づいても良い、ということにはならない、と明記されています。国の特別天然記念物であり絶滅危惧種であることを、その場で思い出せるかどうかが分かれ目です。4.飛べない雛を連れている家族に多くの人が集まっての観察や撮影はやめましょう。
人に囲まれることで、雛が親についていけなくなり、はぐれてしまう例が起きています。自分ひとりの立ち位置は問題がなくても、集まった人の全体が壁になります。先に見ている人がいたら、列に加わらないという選択があります。5.巣の撮影や巣の前での長時間撮影はやめましょう。
巣の写真は、登山道を外れて探し回らなければ撮れません。長時間カメラを構えることは雌親に大きなストレスを与え、人の匂いを残すことでキツネやテンによる捕食の危険を高めます。6.ライチョウの棲む高山でドローンを飛ばすことはやめましょう。
ライチョウ最大の昼間の天敵は猛禽類だ、と同研究所は理由を挙げています。登山を楽しむ人の迷惑になるだけでなくライチョウの脅威となり、特に雛づれの家族には大きなストレスになる、と説明されています。まして、ドローンを使ってのライチョウ撮影はやめましょう、と明記されています。7.撮影したライチョウの写真をSNS等に一般公開することは控えましょう。
友達同士で写真を楽しむことは問題ないとしたうえで、不特定多数が見るサイトへの掲載が、真似をして撮影したい人を生み、マナー違反を増やすことになると説明されています。
7項目を通して読むと、「距離を取る」という1つの原則が場面ごとに言い換えられていることが分かります。そして最後の項目だけが、山を下りたあとの行動に向けられています。
6. 環境省の位置づけ — 第三期計画の「撮影等マナー等の徹底」
マナーの呼びかけは、民間の研究所だけのものではありません。環境省の関東地方環境事務所と信越自然環境事務所は、令和8年(2026年)4月に「第三期ライチョウ保護増殖事業実施計画(保護増殖事業監視フェーズ移行計画)」を策定しました。計画期間は令和8年4月から令和13年3月までです。
この計画の「(5)普及啓発の推進(高山帯における生物多様性保全を含む)」には「イ.撮影等マナー等の徹底」という節が置かれ、次のように書かれています。
このため、特に国立・国定公園内においては、外国人も含めた一般登山者への写真・動画撮影等での過度な接近、山登りや宿泊(キャンプ等)でのゴミ管理等における看板・ポスター掲示やパンフレットの配布、口頭注意も含め、ライチョウの生息に配慮した高山帯でのマナーの浸透と徹底を推進する。
撮影時の過度な接近が、ゴミの管理と並んで「高山帯でのマナー」として計画に書き込まれている点が重要です。これは一部の熱心な撮影者だけの話ではなく、山に入るすべての人に向けられた項目として扱われています。
7. SNSと位置情報 — 私たちも、撮影場所を書きません
7項目のうち、下山後に効いてくるのが7番目です。写真を公開するかどうかは、その場のライチョウには影響しません。影響するのは、来年その写真を見た人がどこへ向かうか、です。投稿を全部やめる必要はありません。同研究所も「友達同士で楽しむことは問題ない」としています。分かれ目になるのは、写真そのものよりも、そこに添えられる情報のほうです。
撮影場所は、山名や登山道名まで書かず、「北アルプスにて」「中央アルプスにて」といった広い範囲の表記に留める。
写真に位置情報(GPS)が埋め込まれていないか確認する。地図アプリの活動記録に写真を紐づけて公開するときも同じです。
雛を連れた家族の写真は、公開そのものを慎重に考える。その1枚が、翌年の同じ時期に同じ場所を探させる手がかりになります。
巣の写真は公開しない。前述のとおり、登山道の外でしか撮れないものだからです。
OFLA も同じ規律を自分たちに課しています。私たちが発信するライチョウの写真や記事には、生息地・営巣地の具体的な場所を書きません。数値を引くときは出典と時点を添え、確認された数と推定された数を書き分けます。守りたいものの居場所を、自分の発信で狭めないためです。
8. 参加できる保全 — 手を動かす側にまわる
「近づかない」「撮らない」「書かない」は、どれも引き算です。けれど、足し算でできることもあります。
8-1. 高山の植生を守るボランティア作業
環境省信越自然環境事務所は2026年7月29日、「乗鞍ライチョウルートの日イベント2026」の開催を発表しました。開催日は令和8年8月1日(土)9時30分から14時30分、実施場所は乗鞍岳畳平(バスターミナル周辺、乗鞍山頂銀嶺荘、乗鞍白雲荘 等)、主催は環境省中部山岳国立公園管理事務所と乗鞍岳Beyond Border Project Team と案内されました。本コラムの公開時点では、この開催日はすでに過ぎています。
この日のプログラムには「乗鞍岳外来植物除去作業」が含まれていました。発表によれば、これは乗鞍美化の会が毎年実施している外来植物除去ボランティア作業で、この年は「ライチョウルートの日」に合わせて特別に追加開催されるものです。この作業は参加無料・事前参加申込制(シャトルバス運賃は各自負担)と案内されていました。
「気候変動等により高山帯の植物環境にも変化が見られるなか、在来の高山植物を守るため、外来植物の除去に取り組みます」——ライチョウの餌であり隠れ場所でもある高山植生に、直接手を入れる作業です。毎年の取り組みですから、次の機会は実施主体である乗鞍美化の会や、環境省・日本アルプスガイドセンターの案内で確認できます。
8-2. 飼育下の研究を支える
山に行かない季節にできることもあります。富山市ファミリーパークは、クラウドファンディング「残そう、ライチョウ!動物園の次なる挑戦」を READYFOR で実施しました(2025年11月15日公開、募集終了日 2026年2月13日)。第一目標金額2,000万円に対して支援者1,283人・支援総額25,778,000円。2026年2月3日に第一目標を達成したことを受けて第二目標2,300万円が設定され、これも達成されました。資金の使途に挙げられているのは、生菌剤製造、ペレット製造、腸内細菌叢の研究、飼育下繁殖の調査研究、病理組織学的研究にかかる費用です。
同園は2017年から2018年にも1回目のクラウドファンディングを実施し、1,174人から総額26,265,000円の支援を得たとプロジェクト本文に記しています。
9. おわりに — 一歩下がるという技術
ライチョウは逃げません。だから、距離を決めるのは人の側です。7項目のマナーは、突き詰めれば「一歩後ろに下がる」という最初の一項に集約されます。それは我慢ではなく、観察の技術でもあります。呼びかけにあるとおり、まず安心させ、離れた場所から観察するほうが、結果としてじっくり見られます。近づきすぎた鳥は逃げる体勢をとり、落ち着いて過ごす姿は見られなくなります。
氷河期からこの高山に残った鳥にとって、私たちは後から来た隣人です。会いに行ける時代になったからこそ、会い方のほうを整える番だと思います。
OFLA は、製品売上の一部をニホンライチョウをはじめとする研究・保護活動に寄付しています。寄付の仕組みは PROMISE ページ で公開しています。私たちにできるのは、現場で調査と保全にあたる人たちの活動を、静かに支え続けることです。そして山では、ほかの登山者と同じように、一歩下がることです。
【出典、参考文献】
一般財団法人 中村浩志国際鳥類研究所 (2026年2月5日). 「ライチョウを脅かさない観察と撮影マナーのお願い」
https://hnbirdlabo.org/index.php/2026/02/05/please-observe-and-photograph-the-rock-ptarmigan-in-a-manner-that-does-not-disturb-them/環境省 関東地方環境事務所・信越自然環境事務所 (令和8年4月). 「第三期ライチョウ保護増殖事業実施計画(保護増殖事業監視フェーズ移行計画)」計画期間 令和8年4月〜令和13年3月
https://chubu.env.go.jp/shinetsu/content/000395850.pdf環境省 信越自然環境事務所 (2026年7月29日). 報道発表「『乗鞍ライチョウルートの日イベント2026』の開催について」
https://chubu.env.go.jp/shinetsu/pre_2026/press_00078.html環境省 信越自然環境事務所 (2025年7月7日). 報道発表「中央アルプスにおけるライチョウの生息数増加と分布範囲の拡大について」
https://chubu.env.go.jp/shinetsu/pre_2025/press_00001.html環境省 自然環境局. 「ライチョウ(保護増殖事業)」絶滅危惧ⅠB類(EN)(環境省第5次レッドリスト)
https://www.env.go.jp/nature/kisho/hogozoushoku/raicho.html株式会社ヤマップ (2025年12月9日). ニュースリリース「『登られた山ランキング2025』を公開」(調査期間 2025年1月1日〜11月30日)
https://corporate.yamap.co.jp/news/CammORJw富山市ファミリーパーク. クラウドファンディング「残そう、ライチョウ!動物園の次なる挑戦」READYFOR(2025年11月15日公開・募集終了日 2026年2月13日)
https://readyfor.jp/projects/nokoso-raicho-fp2025
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