生物多様性とは何か (6)「私たちの暮らしに忍び寄る変化」

生物多様性とは何か (6)「私たちの暮らしに忍び寄る変化」

※本コラムは2026年9月に加筆修正しました。

前回までは、世界および日本国内で進行する生物多様性喪失の現状を見てきましたが、この問題は私たちの日常生活の中にもすでに影響を及ぼしています。今回は、生物多様性の喪失がもたらす具体的な変化を、日本国内の事例と最新の研究データを交えながら考察します。

1. 季節感や身近な自然環境の変化

気候変動が進行すると、季節ごとの自然のサイクルに変化が生じます。IPCC(2022)の報告によると、世界各地で植物の開花時期が前倒しになり、それに伴い昆虫や鳥類の活動時期にもズレが生じています。日本でも気象庁の観測データにより、桜の開花時期が過去60年間で平均して約1週間早まっていることが示されています。これにより、私たちの季節感覚や伝統的な行事の時期にも変化が及んでいます。

気温そのものの記録も更新されています。気象庁の統計によると、2025年の夏(6〜8月)の日本の平均気温は基準値からの偏差が+2.36℃となり、統計を開始した1898年以降で最も高い値になりました。あわせて、季節の移ろいを記録する体制も変わりました。気象庁は2021年の観測から生物季節観測を植物6種目・9現象に絞り、国立環境研究所が気象庁・環境省と連携して、全国の市民調査員とともに植物の開花や鳥の初鳴きなどを記録する生物季節モニタリングを2021年度から続けています。


2. 食卓や食文化への影響

世界の主要作物の約75%は動物媒介の受粉に依存していますが、IPBES(2016)は農薬や生息地喪失の影響でミツバチなどの花粉媒介昆虫が減少していることを報告しています。FAO(2019)も同様に、花粉媒介者の減少が食料生産量に与えるリスクを警告しています。

日本では環境省が環境保全型農業を推進していますが、伝統的な里山の荒廃や農地の減少により、在来種のミツバチや蝶などが減少し、地域の農業生産にも影響が出始めています。例えば、水田の減少に伴い、ゲンゴロウやメダカといったかつて身近だった水生昆虫・魚類が減少しています。

海の資源をめぐる変化も、食卓に直接つながります。サンマは、北太平洋漁業委員会(NPFC)で採択された保存管理措置に基づいて漁獲可能量(TAC)が決められています。水産庁が2025年11月に示した資料では、令和8管理年度(2026年1月〜12月)の日本の漁獲可能量(TAC)は、暫定的に95,623トンとされました。NPFCが2025年について定めた枠は、公海で121,500トン、分布域全体で202,500トンです。ウナギについては、2025年11月から12月にかけてウズベキスタンで開かれたワシントン条約(CITES)第20回締約国会議で、EUが提案したウナギ属全種の附属書IIへの掲載が、賛成35・反対100で否決されています。

サンマの漁獲可能量(TAC) 日本の2026年TACは暫定95,623トン。NPFCの2025年枠は公海121,500トン、分布域全体202,500トン。 サンマの漁獲可能量(TAC) 北太平洋漁業委員会(NPFC)の枠と日本の枠。年度が異なる点に注意 0 150,000トン 漁獲可能量 日本のTAC(2026年・暫定) 95,623トン NPFC 公海(2025年) 121,500トン NPFC 分布域全体(2025年) 202,500トン
図1 サンマの漁獲可能量(TAC)。出典: 水産庁 資料(2025年11月)、北太平洋漁業委員会(NPFC)の保存管理措置。日本の枠は2026年(令和8管理年度)の暫定値、NPFCの枠は2025年のもので、年と対象範囲が異なります。

3. 里山の消失と生物多様性の危機

日本では高度経済成長期以降、農地や二次草原といった里山環境の減少が続いてきました。こうした里山の消失は、ホタルやカエル、野鳥など地域固有の生物の生息地を失わせる原因となっています。

里地里山の生きものの変化は、市民が参加する長期調査で確かめられています。環境省と日本自然保護協会が2024年10月に公表した「モニタリングサイト1000里地調査 2005-2022年度とりまとめ報告書」では、全国325か所のサイトから得られたデータを解析した結果、チョウ類は評価対象種103種のうち33%(34種)、鳥類は評価対象種106種のうち15%(16種)で、記録個体数が年間3.5%以上のペースで急速に減少していました。減少がみられた種には、チョウ類のオオムラサキやイチモンジセセリ、鳥類のセグロセキレイやスズメなど、身近に見られる普通種が多く含まれています。さらに、里地調査に森林・草原調査の結果を合わせて解析したところ、農地や草地といった開けた環境でよく見られる鳥は、2015年以降、記録個体数が1年あたり7.4%のペースで減っていました。この調査は、2008年度から2022年度までに約5,700名の調査員(一般・研究者・企業を含む)が支えてきたものです。ただしこれは調査サイトに限った結果であり、そのまま全国の種の状況を示すものではないと報告書は注記しています。調査の仕組みと種ごとの変化は 第9話「身近な普通種が消えている — モニタリングサイト1000 が示す里地の20年」 にまとめています。

里地調査の評価対象種のうち急速に減少した種の割合 チョウ類は評価対象103種のうち34種(33%)、鳥類は106種のうち16種(15%)が年間3.5%以上減少。 里地調査の評価対象種のうち急速に減少した種の割合 年間3.5%以上の減少=レッドリストⅡ類の判定基準(10年で30%)に相当。 2008〜2022年度 0 10% 20% 30% 急速に減少した種の割合 チョウ類(103種のうち34種) 33% 鳥類(106種のうち16種) 15%
図2 里地調査の評価対象種のうち、年3.5%以上のペースで減少した種の割合(2008〜2022年度)。出典: 環境省・日本自然保護協会「モニタリングサイト1000 里地調査 2005-2022年度とりまとめ報告書」(2024年10月公表)。全国325か所の調査サイトに限った結果で、出現頻度が低い種は評価対象から除かれています。年3.5%の減少は、レッドリストⅡ類の判定基準(10年で30%)に相当する速さです。

4. 都市化による影響

都市化は日本の生物多様性にも大きな影響を及ぼしています。大阪府の例では、1990年代の10年間で市街化区域内の緑地が2,575ha減少しました。また、東京都が5年ごとに調べている「みどり率」(樹林地・草地・農地や公園、水面などが地域全体に占める割合)は、令和5(2023)年の調査で都全域52.1%、区部24.0%、多摩部67.4%でした。いずれも平成30(2018)年の前回調査から0.2〜0.4ポイント減っており、都市部の生態系の回復が課題となっています。緑地の消失はヒートアイランド現象や都市型水害の頻発を招き、生態系サービス(気候調整、水循環)の低下を引き起こしています。

東京都「みどり率」(令和5年調査) 都全域52.1%、区部24.0%、多摩部67.4%。いずれも前回より減少。 東京都「みどり率」(令和5年調査) 東京都 2024年10月公表。※は前回(平成30年)調査からの変化 (下の注記) 0 10% 20% 30% 40% 50% 60% みどり率 多摩部 67.4% 都全域 52.1% 区部 24.0%
図3 東京都「みどり率」(令和5年調査)。出典: 東京都 報道発表(2024年10月・令和5年みどり率の調査結果)。※印は平成30年の前回調査からの変化で、多摩部と都全域が0.4ポイント、区部が0.2ポイントの減少です。みどり率は、樹林地・草地・農地・公園・水面などが地域全体に占める割合です。

一方で、大阪市の新梅田地区や東京都の国営昭和記念公園などでは、都市内に里山環境を再現する取り組みが進められています。こうした取り組みは、生物多様性の回復や住民が自然に触れる機会創出に寄与しています。


5. 心身の健康や文化的価値

自然環境との接触は、心身の健康と関わりがあります。緑地の多い環境で過ごすことと健康指標との関係については、Twohig-Bennett と Jones が2018年に『Environmental Research』誌で発表したシステマティックレビュー・メタ分析などで報告されています。生物多様性の喪失により自然との距離が広がることは、ストレス増加など心身への悪影響を引き起こす恐れがあります。


6. 行動の重要性

生物多様性喪失による変化はすでに日常に現れていますが、都市緑化、里山保全、地元産食材選択など、地域社会や個人の行動が回復への道を拓きます。

次回は、生物多様性喪失がビジネス・経済に与えるリスクについて考えます。


【出典・参考文献】

更新履歴: 2026年9月 — 出典を確認できなかった2つの数値を一次情報に置き換えました。里地里山の鳥類「過去50年間で最大73%減少」は、環境省と日本自然保護協会の「モニタリングサイト1000里地調査 2005-2022年度とりまとめ報告書」(全国325か所・チョウ類34種/鳥類16種が年間3.5%以上の減少)へ、東京都の「緑地比率約7.5%」とOECD加盟国首都平均との比較は、東京都の公式指標「みどり率」(令和5年調査)へ改めました。あわせて、里山面積の減少率として挙げていた2つの数値(全国で約6%、関東地域で約64%)は、いずれも出典となる一次統計を確認できなかったため本文から外し、里山の節の定量的な記述はモニタリングサイト1000の調査結果に一本化しました。季節の節に2025年夏の平均気温(気象庁)と生物季節観測の体制の変化(国立環境研究所)、食卓の節にサンマの漁獲可能量(水産庁)とワシントン条約第20回締約国会議でのウナギの審議結果(水産庁)を追記しました。健康の節は根拠となる研究名を本文に明記しました。リンク切れとなっていた出典3件(モニタリングサイト1000・国土交通省・東京都)を現行のURLに差し替えています。


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